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イケミチコ スタジオ

Michiko Ike

〒530-0041 大阪市北区天神橋5-8-9 3F

​michikoike-garasu@i.softbank.jp

「魂を放電させる表現」

 

日々の暮らしや物事には表と裏があり、また表裏は一体となっているともいえる。その表面だけを剥がすと、中身の無い情けない抜け殻となってしまうことさえある。皮膚のように薄い抜け殻のような形は、脱力し疲れ切った都市生活者のようにも感じられる。 そして、多くの真実は隠されたままの状態を続ける。

今回のイケミチコの個展では、ギャラリーの展示空間に木工用ボンドで形作られた乳白色で半透明な抜け殻のようなオブジェが、366個天井からぶら下がると聞く。それらのオブジェは、溶けだした現実のようでもあり、空虚な魂の抜け殻を表現しているのかもしれない。

イケミチコは言う「現代人の姿かもしれない。風になびき生きている物体です。一歩 遅れ一日遅れて進む。あと一日あればと思う一年366日」と。

他方、床にはアクリルボックスに閉じ込められたハイヒールと、その靴に絡まる着色されたボンドやガラス片が痛々しくヒリヒリと散乱する。 混沌の中での魂の叫び、それは彼女の心の傷みをアッサンブラージュさせ、日々の精神状態を表現しているようにもみえる。 それらの悲しみのオブジェや天井から吊るされた魂の抜け殻たちは、見るからに負のイ メージを放つ。しかし、その負のイメージはけっして後ろ向きの姿ではないとも考えられる。 生命が脱皮し、明日に向かって大きく羽ばたく。そんな瞬間の形(抜け殻)とも言えるのではないだろうか。人は傷つきながら成長し、未来に大きく羽ばたく生命体でもあるからだ。

極めてダダイスト的であるイケミチコの芸術表現は、魂を放電させる表現とも、表現を越えたところの精神の表出あるいは生理ともいえよう。

2010年 加藤義夫(インディペンデント・キューレーター)

artscape レビュー イケミチコ個展―神経の再生

 会期:2012/05/17~2012/05/27 LADS ギャラリー[大阪府]

会場に入ってまず目につくのは、巨大な機械型の立体作品だ。作品名は《神経再生マシ ーン 希望号》。ワイングラスにメッセージを書き込み、ベルトコンベアーに載せてモー ターを作動させると、2メートル近い高さまで運ばれたワイングラスが落下して粉々に砕け散る。この「破片」は彼女の他の作品にも共通する要素で、本作の周囲には砕けた ガラス片を用いたミクストメディア作品が並んでいる。また、奥の部屋には、人間の下半身に目が付いた雌雄同性の存在《未来人間》を描いた絵画とオブジェも。なんだかもう、笑ってしまうぐらいにパワフル&ポジティブ。ベテラン作家とは思えぬ振り切れぶりに、こちらも元気をチャージさせてもらった。同時に、彼女は会場が大きいほど本領を発揮する作家であることを確信した。

2012/05/18  小吹隆文 

神経の再生 神経の再生マシーン希望号

イケミチコさんの作品を観る時、オノヨーコの作品を思いました。鑑賞者の参加により「様々の知覚からの自身の解放」が起こり、そこに生まれるものが何かを問うコンセブチュアルなアート。イケミチコさんの「神経の再生」もまさしく鑑賞者の参加によって作品が成り立つ現代アートです。 参加者がワイングラスに文字や絵を描き電動ベルトコンベアーに置くのですが、その先に設置された透明のケースに次々と落下し粉々に砕けていきます。そのワイングラスは参加者自身であり、3機の交差するベルトコンベアーは多くの魂を運ぶ人生という時間軸、そして一ヵ所に集合したガラスの破片はまるで宇宙に犇めく魂の集団、エネルギーの集合体なのです。光を浴びてキラキラとどんな宝石よりも美しく輝きます。今居る社会や概念から解放され新しく生まれ変わる瞬間の輝きのように。

今回の「神経の再生」は 2012 年に LADS GELLARY で発表好評を博した作品を更に発展させたものです。

イケミチコさんの作品には常にユーモアが存在し、本物の現代アートをどんな人にでも解りやすく楽しんでもらう点では他に類を見ない大阪が誇る作家であると共に、この混沌とした現代を生きる全ての人々に元気と創作する勇気を与えてくれるものと信じます。

芦屋画廊 北川祥子

 

 

イケミチコ MICHIKO IKE

イケ・ミチコのコンセプトは「愛と命」。愛と命は別物であって、別物ではない。そのレトリックを、彼女は論理ではなく、美術家らしくモノでもって直載的に表現する。 時には矛盾を孕みながらも、モノの終末が、実が終わりではなく愛に転化あるいは昇華する手品もどきのパフォーマンスを、作品にやらせている。表面的に見えるモノの破壊と再生は、実は序章に過ぎず、そのパフォーマンスのスケールの大きさに依存しない点 が、母性的であるといえば、確かに母性的。破壊と再生は母胎を通り抜けるやいなや、愛すべき対象に変身する。ダダでもなく、モノ派でもないこのレトリックを、彼女は作 品を作り始めて以来ずっと堅持している。システムを必要としないドローイングで作品を完結させる時には、彼女は、両性具有の「ホワイトマン」を登場させる。自らの中に「愛と命」、「破壊と再生」を共存させる化身が「ホワイトマン」だが、これもきわめて母性的。やや、荒っぽい言い方が許されるなら、現代的な聖母マリアと見ても、あながち的外れでもないだろう。

時流に流されず、一貫したコンセプトで初志をつらぬくイケ・ミチコの仕事は、ミニマルアートの清算から始まったポストモダンの潮流が、実はきわめて中身が薄かったことの反省から、着地点を見出せない現状あって、独特の異彩を放っている。壮大な装置 ではなく、ほとんどジャンク、それも現代の高い技術力が生み出したジャンクで構成す る彼女の作品は、まさに現代の母性の新しい表現につながっている。

キッチュ以下でも以上でもないイケ・ミチコの仕事は、本質を突いている点で存外オーソドックスなものかもしれない。ただし年季は十分だ。

2014年 天野和夫(天野画廊代表) 

この仕事は大阪の LADS ギャラリーで 2012 年 5 月に一度見せてもらっていて、その時 の新鮮な解放感は今も脳裏に鮮明なものがあります。 この作品が大きな場所で実現出来れば、沢山の人にカタルシスのようなものを誕生させると信じる者です。

ぜひ、イケミチコさんに力を貸してあげて下さい。

2013/12/26 堀尾貞治